ベッケンバウアー、クライフ夢の対決1974年ワールドカップ西ドイツ大会Vol.2

優勝候補の二チームは思惑通り別々のグループに分かれました。オランダの革新的なトータルフットボールは注目を集め、得点6点、失点1点(それも自殺点)と圧倒的な強さでした。一方西ドイツはなかなか調子が上がりませんでした。

二次リーグB組

西ドイツの対戦相手はジャイッチ、オブラクなどテクニシャンぞろいの東欧のブラジルと言われたユーゴスラビア、イタリアを破ったダークホースのポーランド、オランダと引き分けるという堅守のスウェーデンです。

初戦の相手はユーゴスラビアでした。西ドイツは中盤のテコ入れとしてボルシアMGの新鋭ライナー・ボンホフを中盤に起用しました。この起用が大当たり、彼の運動量、スピードが中盤を活性化し、ジャイッチへのフォックツの執拗なマークが効いて西ドイツが優勢に試合を進めました。試合はブライトナーの前半38分の25メートルロングシュートと後半32分のミュラーのゴールで2-0で勝利しました。

二戦目はスウェーデンです。雨中の試合となりました。前半25分エドストレームにボレーシュートを決められ今大会初失点します。後半5分オベラートのロングシュートが決まり1-1。そして後半6分ボンホフがミュラーポストプレーから二点目を決めて逆転します。するとたちまち後半8分スウェーデンの速攻からサンドベリに決められて2-2。わずか3分間に3ゴールというスリリングな展開となりました。後半33分交代出場のベテランのグラボウスキーがこぼれ球を決めて三点目3-2と逆転します。後半45分タイムアップ寸前ヘーネスがPKを決めて4-2と勝利しました。ミュラーは得点はありませんでしたがポストプレーで得点のおぜん立てで貢献しました。

三戦目は二勝同士のポーランドでした。実質的な準決勝でした。試合はポーランド優勢ながら後半30分ボンホフのエネルギッシュな動きからこぼれた球をミュラーのシュートが決めて先制します。結局これが決勝点になり1-0で勝利しました。ここぞというときに頼りになるのがミュラーでした。

二次リーグA組

オランダの初戦はアルゼンチンです。前半11分ハネヘンのスルーパス一本でクライフが裏に抜けてキーパーをかわして先制します。前半25分右コーナーキックからキーパーのパンチングしたボールをクロルが豪快にけりこみ二点目。後半27分クライフのセンタリングをレップがヘッディングで決めて三点目。後半45分クライフが角度のないところから巧みにシュートを決めて四点目。4-0オランダの圧勝でした。

二戦目は東ドイツでした。前半早々7分にレンセンブリンクのシュートがデフェンスにあたりコースが変わったところをニースケンスが反射的にシュート。見事に決まって先制。後半14分レップのパスからレンセンブリンクが冷静に決めて2-0。試合はこのままオランダが2-0で勝利しました。

三戦目は前回優勝のブラジルです。低調なパーフォーマンスで何とか二次リーグに進んだブラジルですが、さすが強豪国です二勝してオランダ戦に臨みました。こちらも実質的な準決勝でした。試合は後半5分クライフのパスをニースケンスがダイレクトに蹴りこんで先制します。後半15分クロルのオーバーラップからライナーのセンタリング、このボールにフルスピードで走りこんだクライフがジャンプしてミート。ブラジルのデェンスは誰もついていけずゴール。フライングダッチマン、クライフの代名詞となった有名なゴールです。

オランダの攻撃力は圧倒的で得点14ですが守備も固く失点はわずか1点。決勝戦の下馬評は圧倒的にオランダ有利でした。

勝戦

勝戦の前に三位決定戦が行われポーランドがラトーのゴールでブラジルを1-0で破りました。ラトーは7得点で得点王になりました。この大会ののちポーランドはボニエクを中心に黄金期を迎えます。ブラジルは世代交代の過渡期で再建にはもうしばらくかかることになります。

さて決勝戦ですが日本で初めてテレビ生中継があった試合ですから多くの方の脳裏に残っている試合だと思います。

今のように海外の試合を簡単に見ることのできない時代でしたから、なんか神聖なものを見るような気分で緊張しながら正座して試合に臨みました。

試合ですが、キックオフ前からミュンヘンオリンピックスタジアムのすり鉢状のスタンドに歓声、角笛、応援歌、様々な音が充満していて、異様な雰囲気,熱気に包まれていました。

開始1分でのPKは衝撃的でした。こりゃどうなるんだ、完敗か。一点リードしたところでオランダは安全運転に。結局西ドイツが前半25分にPKで追いつき前半43分のミュラーの反転シュートが決まって逆転し、2-1で西ドイツが優勝します。

オランダ人の国民性なのか肝心なところで負けてしまう、勝負に弱いそんな歴史がこの大会以降繰り返されます。この大会の試合は何度も再放送されましたし、ビデオは簡単に手に入ります。

いま改めて見てみると、この大会はサッカーが個人のテクニック中心のサッカーから戦術中心の現代サッカーに転換する記念すべき大会だったというのがわかります。

オランダのトータルサッカーが注目されましたが西ドイツもポジションに固定されずバックは頻繁にオーバーラップしますし、ボールを持った相手を囲い込んで守備をしたりとオランダと似ています。

オランダはクライフのワンマンチームでしたのでフォクツに徹底的にマークされて実力を発揮できなかったのが敗因に挙げられています。一方、西ドイツにはベッケンバウアーのほかにミュラーという異能の天才ストライカーがいました。この差が大きかった。

ミュラーは通算得点でクローゼに抜かれましたが記録と記憶に残る名ストライカーで今後二度と現れることのないような選手でした。西ドイツの一点目ヘルツェンバインへのタックルで得たPKは今のVARだと取り消しで、ヘルツェンバインにはイエローカードです。レフリーがオランダのPKへのバランスから与えたともいわれます。

レフリーの判断も試合の一部ともいえるわけでなんでもVARというのも味気ないものです。ちなみにヘルツェンバインはブンデスリーガでもシュミレーションで有名な選手でした。

とにかく西ドイツが優勝し、めでたしめでたしの大会でした。